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コミック戦国無頼 2010年 09月号 [雑誌]
コミック戦国無頼 2010年 09月号 [雑誌] (JUGEMレビュー »)

松永久秀「信貴山城グランギニョル」60ページ

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3/18閃華春大祭2018

明日のイベントで刀剣の新刊出ます。

詳細はpixivのほうでご覧ください。

あとはtwitterで。

 

最近ブログのほうは備忘録的なテキスト置き場にしているので、商業や同人誌の情報、その他リアルタイムな更新は主にtwitterでやっています。そちらでぜひよろしくー。

 

| 同人誌 | 12:36 | comments(0) | 岸田ましか |

ガラシャ雑感【04】/ヤンデレ伝説が創作される過程

こちらからの一連のエントリのオチとして。ガラシャの話。

 

いつのまにかイメージが固定された細川ヤンデレ夫婦伝説がフィクションであることについて書きましたが、

なぜ創作が発生するのか、についての考察付記です。

 

★戦国女性のことは世間にあまり知られていない

戦国ブームだ歴女だとマスコミが持ち上げてからおそらく10年以上は経ってるでしょうか、歴史趣味は一部のオジサンのものだった昔に比べたら、今はかなりメジャーになったと言えます。

が、マスな人気は特定の人気武将に集中するし、だいたい人の興味は歴史人物の人間性に偏ります。これはいい悪いではなく、多数の人が興味が広がる過程での自然現象です。

そんな中で、中世の女性の生活はあまり知られていません。

昨年発行した「小袖を着た女たち」(*既刊完売)で触れましたが、権勢を誇って政治案件に介入したり、庶民女性は対価労働がふつうだったり、市販の書籍にいろいろ面白い事例が紹介されてますが、やはりマスな興味は引きにくいカテゴリーのようです。

そこで戦国女性に触れる機会といったら、戦国を語るメディアに脇役として登場するわずかな姿しかないのが大半と思われます。

そこだと失礼ながら、あまり調べないで創作歴史小説からそのまま頂きしたような安易なテキストもけっこうあるしw

 

★資料に矛盾を感じた部分を補完する空想

たとえばガラシャの場合、本人のおおらかさを表現する直筆の手紙がいくつもあるにも関わらず、フロイスが熱弁する悲劇の女性という矛盾した描写に何度も出あいます。

実に困ったことに、フロイス自体の文章もその中だけで矛盾してるんです。夫の監視で身動きとれず、幽閉生活を余儀なくされるとフロイスは熱く語りますが(夫婦別居がデフォなので家来同士が綿密に連絡を取り合うし、そもそも正室はほとんど外出しないという習慣を恣意的に表現したと思われる)、そんなみじめな生活をしている人が、自分の判断で教会に多額の寄付を続けることができるでしょうか?フロイスはもちろんその寄付行為をおおいに賞賛します。

どちらも、フロイス自身の同じ文章の中にある描写なのです。書き終ったら読み直せよフロイス…w

ある時は憐れな日陰者だったり、ある時は意見をキッパリ言う元気で明るい女性だったり、チグハグですね。

こうしたバラバラな印象をパッチワークすると、「まあ愛情はあるんだろうけどお互い歪んだ形でしか表現できない」と、おさまりのいいマルチピースが誕生するのかもしれません。

私はそこに強く創作性を感じます。

 

★明治以降の近代的な恋愛観

旧弊な悪としてフェミニストから憎悪されたりする「家父長制」ですが、これは明治以降に西欧から輸入された観念から発明されたシステムで、日本古来の家族観とは異なります。

ただ日本女性史上、弊害のはじまりとしては間違いなく、女性の固有財産が失われる元凶でもありました。このへんは女性史を扱った文献のほうが明解なので、詳細はそちらを当たって下さい。

ともあれ日本は急速に欧米化し、幾多の戦争を経て、さらに価値観は近代化し、女性の生活もまるで変わり、そして昔のことは忘れられました。

たいていの人にとって生活とは現代のことですから、これは当然です。

その現代人から見たら、顔も性格も解らない男性のところに嫁入りするとか、自分以外にも妻が大勢いる家庭とか、ただ理不尽で不気味であり、あるべき光景でないのは明白です。

そしてそうした現代人に向けて創作されるメディアも、その現代人に共感される作り方をします。

「先見の近代性をもち、旧弊のシステムに異議を唱える聡明なヒロイン」が大河の主人公にふさわしいとされる創作は、受け手へのサービスとして作られます。

そしてそれがウケた実績があれば、次々似たものが量産されるのが市場の摂理です。

 

 

…と相当恣意的な書き方になってきましたが、個人的は気分として「そういうのもーいいから!」というヘイトが自分の創作意欲の一部となっていることは白状いたします。

文句言うだけなら簡単。ならどういうものが面白いと思うのか、自分で形にして出さなねばと思いました。

今後も何かしら、思ったところを描いていきたいと思っているので、ご縁がありましたらお付き合いいただけましたら幸いです。

室町〜戦国期の日本人は誰もが面白いです。まだまだ描きたいことはあります!

 

そして当然ながら私も、空想から創作を生み出してる存在であることは、日々自覚しております。

世間の固定イメージに私が反感を覚えたとしても単に身勝手な感想であり、私のしていることもまた、空想の産物を人様に開陳しているにすぎません。

実証的な研究については完全素人ですのでそこはご容赦を。

その上で何かお気づきの点がありましたら、その際はご教授いただければ幸いです。

| 戦国 | 13:37 | comments(0) | 岸田ましか |

ガラシャ雑感【03】/意外とわからない事

ガラシャ雑感【01】/常識のギャップ

ガラシャ雑感【02】/彼女の素顔

↑こちらの続き。

 

彼女が遺したもの、リアルな彼女を見ていた眼差しから、我々が見える光景がいろいろあります。

が、それでも解らないことは多いです。

 

★カトリックに改宗した理由

意外とこれが解らない。

細かいエピソードを交えながら饒舌にガラシャを語るフロイスも、なぜかこのことには触れません。

忠興嫌いマンのフロイスが中傷に近い描写でこの夫が原因かもーかもーとミスリードを誘う書き方をしますが、それを断言しないあたり憶測にすぎないのを自分で解ってる感じ?

ともあれ、なぜ精神生活の劇的な転換を彼女が望んだのか、資料的にはハッキリしません。

ヒントとしては、彼女が色々と教会に持ち込んだ相談の中に「従来のお寺にお布施したほうがいいのか?」というものがあり「もうカトリックの信徒なのだから仏教寺院に必要ないでしょう」という回答に納得した、というのがあります。

(この相談の内容も記述としては貴重で珍しい。たくさん何を相談したのか、実はほとんど解りません)

想像ですが、本能寺の件で絶えてしまった明智の家の供養のことが、気持ち的な原因かもしれません。

彼女は謀反人の娘と一生呼ばれる立場となったので、そういう境遇の人の遺族を従来の寺院が受け入れてくれるかどうか、という体裁の問題はありそう。世知辛いですが…

 

★忠興との仲

これがはっきりしないのは、残された資料的痕跡が非常に少ないのと、ヤンデレ伝説に埋もれてあまり顧みられてないからかも。

ただ、ガラシャが送った手紙のひとつは「みんな元気だから心配しないで」「お会いしてお話したい」と遠出している夫を気遣うきわめて優しいもので、「がらしゃ」という署名も堂々としています。

伝承のように改宗を夫に妨害されてた、というのが事実なら、好意的な手紙にこんな署名はしないでしょう。

ガラシャ自身は忠興の子供を約5人、ガラシャ生前からいる側室もそれぞれ全員、そしてガラシャの死後も何人か側室が入り、この妻たちは全員数年以内に忠興の子を産んでいます。

側室となる女性たちの目的は、やはり殿様の子供がほしいので、忠興はその願いを全員に叶えてあげてることになり、当時の妻たちから見たら忠興はきわめて誠実な夫、ということになるでしょう。

状況だけから想像すると、忠興は世間的には暴力武将wかもしれませんが、身内の女性たちからしたら頼もしい夫かも?

それを思うと、夫婦仲は普通に良かったような気がしますね。

 

★ガラシャの最期

歴史上の出来事としてはあまりに有名ですが、ガラシャと忠興がどのような気持ちでこの結末を選択したのか、これは全然わからない。

現代からすれば悲劇そのものだけど、当時としてはドラスティックな軍事作戦にすぎない。

その効果は当時の戦局に大いに影響したとして、細川家の家記では賢妻を賞賛する記事になっていて、それがさらに後世では家父長制云々の美談ガーと非難されたりするわけですが、私は後世の恣意的な意味づけよりも、本人たちの気持ちを知りたい。

ところがこういうものに限って残っているものは少なく、特に忠興はその長い生涯で、この亡くなった正室のことをどこでも一切話題にしなかったと言います。

このふたりが時代を超えてあの世に持って行ってしまったものは、何かが見つからない限り知るすべもありません。

 

------------------------------------------------------------

書き散らかしで失礼しました。

大概私の想像にすぎないものですし、こういう風に資料を見ているという眼差しのひとつと思っていただければ幸いです。

また何か思い出したら書くかもしれません。

あと、まだ詰めてないネタについてはいずれ漫画にしようと思っています。

| 戦国 | 21:56 | comments(0) | 岸田ましか |

ガラシャ雑感【02】/彼女の素顔

こちらの続きエントリ。

 

ガラシャが実際はどういう人物だったのか。

先に言ってしまうと、聡明で知的好奇心が旺盛、せっかちでおしゃべり、基本的に元気で明るく懲りないタイプ。

市井のガラシャ像とはまったく逆で恐縮ですが、個人的にはこういう印象です。

どこを見てそう思ったかについて。

 

★ルイス・フロイスの記述

おおげさ・まぎらわしいが多くて難儀するフロイスレポートですが…確実に真実と言えるのは「ガラシャがカトリックに改宗したこと」これだけはまず間違いないです。

それと、それにまつわるポジティブな出来事は、おそらく彼の伝えたいことの大半だから、そこそこに当たりはあるんじゃないかと。

その中で私が気になるのは、記述にあった以下の点。そこからこう想像しました。

・信徒となったガラシャが教会に多額の寄付を続けてること←自由になる自身の財産がある

・ガラシャに影響されて、家中の人たちが大勢改宗したこと←正室としてのカリスマがある

・何かと教会に相談をもちかけ、そのやりとりにガラシャが満足していること←信仰生活は充実していた

このへんは彼女のことをよく表現していると思います。別に幽閉などされてなく、正室として権勢をふるい、また精神的にも安寧を得られ、理想的な生活を送っている。

落ち込んで何もしないペシミストだったら、まず多忙な正室の仕事が務まらないし、側室や侍女といった部下たちもついてこないと思います。

 

★霜女覚書

あの最も有名なガラシャの最期について、ガラシャの孫にあたる熊本藩主に命じられて、元侍女が提出したというレポート。

細川邸炎上に至るまでの様子が生々しく記録されています。

この筆者である霜(しも)という女性は40年も昔の出来事を報告したことになるので、おそらく仕えていた頃はまだ若く、だいぶ高齢になってから記憶を書きだしたのでしょうか?

記述によると、ガラシャは非常に冷静に事を運んでいます。「こうなることはすべて想定済み」と本人が語る部分もあり、細川邸炎上はその死も含めた軍事作戦だったと思われます。

侍女の目線で見たガラシャは、武家の義侠を通す立派な人物という筆者の主観が感じられます。また、このドサクサで脱出した豪姫(ガラシャの息子・与一郎の妻)については「約束をやぶって逃げ出した」と辛らつな評価で、これもまた霜さんの主観でしょう。

なお、この最期について、忠興とどれくらい状況の打ち合わせがあったのかについては語られていません。その死は命じられたものなのか、彼女の選択か、この文書からは不明。

ただ、殉死を望む侍女2人に対し「あなたたちまで死んでしまったら忠興様は何も知ることが出来ない。必ず生き延びて、私の最期を伝えてほしい」と伝える記述に、覚悟の強い彼女の気持ちを感じ取れます。

なお、あの有名な辞世の句「散りぬべき 時知りてこそ世の中の 花も花なれ 人も人なれ」は、ここにはありません。(綿考輯録にあるらしいが、未確認)

 

★ガラシャ消息

彼女が残した文書の数々。何点かの直筆の手紙が存在します。

やっぱり手紙は本人の姿がダイレクトに見える気がします。大事な用事をすっぽかしたことを繰り返しわびたり、元侍女に顔を見せるよう催促したり、家を留守にする忠興に、早くお目にかかりたい、お話しすることがたくさんありますと伝えたり…とても日常的で饒舌です。

全体に、相手を気遣う内容ばかりであまり自分のことを話してないのが残念ですが、それもまた生活の一部として見える光景です。

なお、図録にキュレーターの所見として「大胆なくせ字でおおらかに書いてる」と掲載あり。

 

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こんな感じで、ガラシャの痕跡を感じられる資料からは、あまりネクラなキャラクターは出てこないw

忙しく働き、カトリックに深く傾倒し、気丈で性格は強い。それで周囲を気遣う優しさもある。

思うに、フロイスが盛りに盛った忠興のヒール像と整合性を取ろうとすると、溺愛しすぎて傷つける…のようなヤンデレ創作に至るのかなと。

そもそもフロイスはかなり忠興が嫌いなようです。たぶん、妻がこれだけ熱心な信徒になったのにそれに影響されないなんて薄情な夫だ!みたいな感じでしょうか?

たしかに夫婦で宗教が別というのは何かと不具合がありそうだし、当時も珍しかったのでは。

でも前述のように、妻は自分の財産があるので、それなりに自由に活動してた可能性があります。

この頃の上流武家の生活は、夫婦別居がふつうです。敷地内でも生活の場は独立していて寝食は別。

奥向きの妻たちの元へ夫のほうが通うスタイルですが、これは大事なので前もって連絡しあって準備します。(この習慣が後の有名な「大奥」の元と言われます)

なので、夫婦であっても個人的な部分は人それぞれで、忠興は口が出せなかったのかも。

当時の日本のこういう独自性は、ヨーロッパ人のフロイスにはちょっと認めがたい部分だったのかもしれません。

 

以上、大半が私の想像を構築した部分で恐縮ですが、ガラシャに対する雑感です。

あと、どうしても伝説の域を出ない、調べても不明だった解らないこともあります。それはまた後ほど。

| 戦国 | 19:41 | comments(0) | 岸田ましか |

ガラシャ雑感【01】/常識のギャップ

最初は商業で、のち同人誌で何度もネタにした細川ガラシャの件。

過去のエントリとかぶる箇所もありますが、彼女の根強いイメージに対し、違うと思った点のメモです。

雑文ですがご容赦を…。

 

世間では「残虐な夫の元で虐げられた生涯」「ヤンデレ夫婦」というキャラクターが相変わらず好まれてるようですが、私は別の印象を持っています。

漫画用に素人ながら調べていくと、彼女は短い生涯でも非常にアグレッシブに活躍しています。

なので伝承にあるように、幽閉されて己の境遇を嘆いていた人には思えなくなりました。

それで、何度か描いたような漫画のキャラクターにした次第です(現在、既刊の同人誌はすべて完売ですみません…)。

(前提として戦国時代の結婚 (*加筆修正)を先に読んでいただけるとよいかと)

 

★まず本名は「明智玉子」

もしくは「珠子」「玉」諸説あり。この時代は夫婦別姓です。

仮に彼女に直接名前を尋ねることができたら、おそらく上のように名乗るでしょう。

ガラシャはカトリック教徒としての霊名で、本名ではないですが、彼女は本名も霊名も手紙の署名として使っています。

「細川ガラシャ」という呼び名は、夫婦同姓となった明治時代に現れたらしいとの説があります。

 

★当時の武家女性の生活

何度もあちこちで書いたので、かぶりますが前提として。

当時の上流武家の正室は化粧領という独自財産を持参して結婚する習慣があり、結婚後の生活はすべて自前の財産でまかないます。夫である領主の直属の組織である女衆・女房衆のトップに君臨し、側室を招き、侍女たちに給料を払い、家組織をバックアップするのが正室の仕事。

夫直属の部下という位置づけながら、その活動は予算からして独立性が高く、奥向きではボスである正室が諸々を判断し決定します。

ガラシャは本能寺の変の際、一度離縁され隠居生活を送りますが、その間忠興は彼女の化粧領を預かり、復縁したあとに返還しています。

↑ここ大事。

忠興は世間体として遠ざけたように装っただけで、情勢を見て彼女が家に戻り、またパートナーとして活躍してくれることを待ってたのでしょうね。

当時のセレブ女性は金銭的に独立しており、その独自性でもって活動していました。なので結構意見も言うし、自分の好きなこともします。これは武家女性全般に言えることで、ガラシャもその常識の世界で生活していたはずです。

 

★ヤンデレ伝説のウソ

はなから言い切ってしまいますが「粗相のあったガラシャの侍女の鼻を忠興が切り落とした」「ガラシャの顔を盗み見た庭師の首をはねた」等々の有名な逸話は、残念ながらつくり話です。裏付けるものは今のところ何もありません。

個人的に、逸話が創作されるのは何かの願望や元ネタに由来すると思っています。

この場合元ネタとしては、忠興が本当に当時からブチキレ体質として有名人だったこと、忠興とガラシャが何かの件(内容不明)で大ゲンカしたかもしれないこと、ガラシャが一時期に重度の鬱状態に悩まされていたこと。

時系列も関連も不明のこのあたりの素材をミックスして出来た話ではないかと想像しています。

 

★そもそも偏見の元ネタ「ルイス・フロイス」

当時の宣教師ルイス・フロイスが記した「日本史」の中にある彼女に関する記述が、あらゆる誤解のタネの気がします。

フロイスはその立場から、カトリックに好意的な人と信徒はめちゃめちゃ持ち上げ、そうでない人をやたらdisる特徴の文章を書くので、それをそのまんま受け取ると、ガラシャは気の毒で、暴君の忠興は許せない!ということになってしまいます。

が、そもそもフロイスは当時京都にいないしガラシャとは会ってないはずです。

彼の文章は全体が、実際に見聞きしたこと、伝聞で聞いたこと、不明な点&納得できない事柄については想像で、あと噂や嘘(悪意というより、裏が取れないまま記録してしまってる)を区別せずぶち込んでる困った構成で、これが混然としていて全部が事実とは言い切れません。

そしてガラシャは当時の信者の中ではVIP待遇のせいか、ものすごく持ち上げられて書かれてます。

 

★なぜガラシャがペシミストに、忠興が暴君になったのか?

フロイスはカトリック信徒のポルトガル人なので、根っからヨーロッパの風習が常識として備わっています。

まず、日本の武家の一夫多妻制には納得してない可能性が高いです。

ここで、当時のヨーロッパと日本の習慣に越えられないギャップがあるだろうと想像できます。

現代日本人の我々も、一人の男性が多くの妻を持つという状況に不誠実さを感じるのは当然です。これは時代のギャップです。

いつの時代も常識というのは無意識的かつ頑ななもので、わりと誰もが「これがふつう」と信じるものです。

ですが当時の上流武家で一夫多妻はふつうに行われている生活であり、おそらく当時の日本人はそれにたいした抵抗を感じてないはずです。なぜなら常識だから。

これに女性の人権ガーなどと付け加えるとよくあるアレやソレとかのステレオタイプが出現しますが、それはあくまでも現代人の考えに無理やり変換しているせいで、当時の常識とは別物の現代創作です。

そして、これをフロイス視点にすると「敬虔なクリスチャンになれたというのに、何人も妻を持つ夫に従わなければならないなんて…ガラシャかわいそう!」という感じでしょうか。

それに加え、夫の忠興は当時から短気で有名人だったので、それを安易に結びつけ「夫の怒気におびえる妻」?

これもよく考えると変です。忠興は確かに激烈な性格だったようですが、それと夫婦仲を関連つける記録は、実はまだ見つけれらてません。設定から連想した創作の可能性があります。

ガラシャからしたら、これらはおかしな偏見です。だって側室たちは自分が呼び寄せてるし、彼女らも自分も子供を何人も産み、武家の奥向きとしては理想的な生活を送ってるのだから。

でもガラシャは、信徒としての生活にすごく満足していたようです。このあたりの謎にも思うところありますが、それはまたのちほど…。

 

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では、実際のガラシャはどういう人物だったのか?何をしていたのか?性格は?

こちらも、資料から私が想像した部分が多いですが、元ネタを紹介しつつお見せできればと。

あと、私はフロイスの記述は個人的に好きです。

資料としては色々問題あるのですが、当時のヨーロッパ男性のわりと率直な感想の部分が興味深いです。基本的に日本人が好きで、色々観察して回ってる視点も楽しい。

彼の記述に多く含まれる誤解や偏見には、元ネタが透けて見えるものもあります。そういう部分も込みで参考にしていきたいと思います。

 

ちょっと長くなったので次のエントリに続きます…。

| 戦国 | 15:23 | comments(0) | 岸田ましか |